2012年2月25日土曜日

チュニジア旅行記アップ完了

チュニジアから帰って一ヶ月近くたったが、ようやくアップをし終えた。
だらだらと長くなってしまった。


2012年2月23日木曜日

梅一輪

昨夜来の雨のせいか、梅が一輪だけ咲いた。
昨年よりちょうど10日遅れである。
岐阜県はまだだが、名古屋では梅が開花したと発表があった。
「梅一輪一輪ほどのあたたかさ」と言われるように、ようやく春が近づいてきた。

2012年2月22日水曜日

クリスマス・ローズ

春を前にしてまだ花も少なく、彩のない我が家で鉢植えのクリスマス・ローズが咲いている。
3年ほど前に、庭の隅にひとり生えしたものである。
今年は植えかえてやらねばいけないかなと思っている。

2012年2月20日月曜日

おそい梅の開花

昨年我が家で梅が咲き始めたのは、2月13日だった。
今年は、まだまだ蕾、ようやく白色と紅色と色が識別できるようになってきた。
今週中には咲くだろうか。

2012年2月16日木曜日

チュニジアで見かけた花

いろいろな花が咲いていた。
ブーゲンビリア、サボテン、リュウゼツランなど南国を思わせる花、アーモンドの季節の花、名前を知らない可憐な花などなど。
オギザリスの黄色い花は初めて見たし、我が家では花が咲かず枯れてしまった黒法師の花にも出会った。

 珍しい花としては「砂漠のバラ」があった。これは本当の花ではなく、砂の中で硫酸カルシウムの結晶が花の形のように成長した石である。

2012年2月15日水曜日

チュニジアのルーブルと言われるバルドー博物館

もともと、1882年建設のオスマントルコ時代の宮殿だったバルドー博物館は、チュニジアの各地の古代遺跡から発掘されたモザイクタイル画や彫刻を所蔵し、収蔵量は世界一と言われる。
ここのモザイクの特徴は、幾何学模様だけでなく、神話に基づく絵や文字のタイル画が多いことである。
給仕たち

ネプチューンの勝利

ユリシーズの冒険

文字のタイル画

ジュピターの頭部

ハドリアヌスの像

2012年2月14日火曜日

チュニスのメディナ

目抜き通りであるハビブ・ブルギバの突き当りにフランス門がある。
門をくぐりぬけると、旧市街メディナがあり多種多様の店スークが並んでいる。
グランド・モスクまで伸びているジャマー・エズ・ジトウナ通りの土産物屋や雑貨店、衣料品店は観光客でごったかえしている。
ケロアンのグランド・モスクに次いで国内で2番目に古いグランド・モスクは信者以外は中庭に入れず外から四角のミナレットを眺めるのみ。
フランス門
観光客でごったかえすスーク
グランド・モスクのミナレット
近くにはバルコニーのついた8角形のミナレットを持つシディ・ユセフ・モスクがあり、その前で、ここのTV局が何かを取材していた。
8角形のミナレットを持つシディ・ユセフ・モスク
日本人観光客にインタビューするTVクルー

2012年2月13日月曜日

チュニジアの首都チュニス

首都チュニスは、人口約200万人。イスラムの香りのする旧市街とフランス統治時代に建設されたヨーロッパ風の新市街と二つの顔を持っている。
新市街の真ん中にあるのがハビブ・ブルギバ通り、チュニスの目抜き通りでこの通りに面して大統領執務室、フランス大使館、大聖堂、大劇場など主な建物が並んでいる。

夜を徹して明るいハビブ・ブルギバ通り

大統領執務室、朝から周りは鉄条網で遮られ警官が見張っている。
フランス大使館



2012年2月12日日曜日

古代都市遺跡の残るカルタゴ

名将ハンニバルで知られるカルタゴ、紀元前2世紀に3度にわたるポエニ戦争でローマ軍によって壊滅されたが、進出してきたローマの手によりアフリカのローマとして再生された。その後11世紀にチュニスに遷都後再び廃墟となったが、今でも残る遺跡に当時の面影を知ることができる。
幼児いけにえの伝説が残るトフェ、神殿と墓場が残っている。

古代カルタゴの港、直径約300mで220隻の船が係留できる。

2世紀にアントニヌス・ビウス帝が作った共同浴場。
3.5haの広さを持ち、部屋数も100を超えていた。
後方に大統領官邸が建っているが、カメラを向けるのは禁止されている。

都の中心であったところで、住居跡や良水路跡が残っているビュルサの丘。
ここからカルタゴの町や地中海が一望できる。

2012年2月11日土曜日

フェニキア人の都市遺跡が残るケルクアン

紀元前6世紀ごろにフェニキア人が建設した遺跡には、大神殿、風呂付き住宅、階段のある2階建て住宅、下水溝なども残っており、石工やガラス職人なども住んでいたのかきれいなモザイクも見られる。



ケルクアンからチュニスに向かう途中、ザクアーンと言うところで巨大な水道橋があった。ハドリアヌス帝がカルタゴまでの全長132kmの水道を引き、高地は地下水路、低地は水道橋にしたが、そのうち水道橋だけでも20kmもあったという。


2012年2月10日金曜日

瀬戸市と姉妹都市・ナブール

黄、緑、茶色の釉薬を使ったナブール焼きで知られるナブールは陶器とオレンジの町。瀬戸市と姉妹都市になっており、町の通りには陶器で作ったモニュメントが並んでいる。メディナも他の所よりなんとなく垢ぬけている。


昼食をボン岬の先端、風の強いところで取る。

2012年2月9日木曜日

海浜リゾートのあるスース

首都チュニスの南130kmにあり、ハマメット湾を臨む町スース。
旧市街は世界遺産に登録されており、メディナの端に8世紀に建てられた要塞リバト、9世紀に建てられたグランド・モスクが威容を誇っている。

 立ち並ぶ市場では牛の頭の解体ショーをやっていた。

北部海岸一帯は、サウジアラビアの富豪たちによって造られたエル・カンタウィ港があり、ヨットを停泊するマリーナやリゾート地がある。
初代大統領ブルギバゆかりの地モナスティールには一家の眠る霊廟が見られる。

2012年2月8日水曜日

ローマ時代の円形闘技場が残るエル・ジェム

スースの南60kmにある小さな町で、紀元前3世紀に作られた収容人員3万5千人の円形闘技場が残っている。
町に入るとビルの上にスリーダイアが掲げられている。自動車の販売店だと思うが懐かしい。
闘技場は規模としては、ローマ、ベローナに次ぐ3番目という壮大さ。
地下には、出番を待つ猛獣や剣闘士たちの部屋が残っている。


2012年2月7日火曜日

竪穴住宅の並ぶマトマタ

 マトマタは先住民のベルベル人が月面のクレーターのような竪穴の穴居住宅に住んでいる所として知られている。
岩肌をくりぬいて作った住宅の中を見させてもらったが、きれいに整理され、暑さ、寒さにも十分耐えられるとのこと。
ここにもスター・ウオーズのセットがあった。
穴居住宅をホテルにした「ホテル・シディ・ドリス」が 映画の中でラーズ家の住居として使われた。
 ホテル内のバーは、現在「スターウォーズバー」として営業中である。
岩肌をくりぬいた穴居住宅 

寝室

ホテル・シディ・ドリス

スター・ウオーズ・バー

2012年2月6日月曜日

砂漠の町・ドウーズ

サハラ砂漠の北の入り口ドウーズで宿泊。
ホテルからすぐのところにもう砂漠が広がっている。
夕方、日の入りを見るために出かける。
民族衣装を着てラクダに乗って行く者、馬車で行く者と様々。
「砂漠に日が落ちて~~」ヤシとラクダのシルエットが幻想的。




ASPARAに掲載

昨年、ネパールへ行った時のヒマラヤについて、朝日新聞の会員サイト「ASPARA」(旅の思い出)に投稿しておいたら、今日掲載された。


2012年2月4日土曜日

大塩湖ショット・エル・ジョリド

ショット・エル・ジョリドは北アフリカ最大の塩湖。
東は地中海、西はアルジェリアまでと長さ約200km、チュニジアの東から西まで広がっている。
昔々、ここが海だったことの表れ。
ここに立ってみると、四方八方、地平線の彼方まで塩の湖である。
もちろんこの塩を精製する工場もある。