2013年12月28日土曜日

思い出の「サイパン、グアム家族旅行」

昔のアルバムを取り出したら、27年前に行ったサイパン、グアムの初めての海外家族旅行の写真が出てきた。
もちろん当時はデジカメがなく銀塩写真。好きなだけ撮りまくるということはなく、人物中心の記念撮影のようなものばかり。
スキャナーでスキャンしたが、色あせもあり、ピンボケもありで修正にひと苦労。
どうにか、ホームページにアップしたが、家族のことを知らない者にとっては、何の面白味もないことだろう。

2013年12月23日月曜日

「喪中」とは?

年賀状の準備もあらかた終わった。どういうわけか今年は、喪中欠礼の挨拶状が多かった。自分も含めて、そういう年代になってきたのかな。
不思議なことに、実の両親が亡くなった場合だけでなく、兄弟や義理の親などの親族が亡くなったときにも、一律にその年は喪中と考えられていることが多い。
調べてみると、喪中の対象範囲や期間は明治7年に出された太政官布告で細かく定められている。
例えば両親の死亡の場合は1年、妻、兄弟姉妹は90日、妻の父母はなし。
この考えは、明治42年の皇室服喪令にも取り入れられているが、戦後になって太政官布告も皇室服喪令も廃止された。
だが、慣例として、この太政官布告が目安として残ったようである
しからば、なぜ両親以外の親族が亡くなった場合でも1年を喪中とする考えが広まったのだろう。
最近は年賀状を出さずにメールで年始挨拶をする人が増えて、売り上げが激減したハガキ屋や印刷屋の戦略にはまっているのではなかろうか。
勿論、死者に対する心遣いだという人もいる。その考えを否定するつもりはないが、私的には49日の忌明けが一つの目安になっても良いのではないかと思う。

因みに、自分の場合、兄貴が夏に亡くなったときにも、妻の両親が死んだときにも喪中の挨拶状は出さず、年賀状を出していた。

2013年12月7日土曜日

もう師走

今年も早くも師走に入っている。
来週には忘年会がある。
そろそろ、年賀状のあて名書きをしなければいけない。
住所録を整理しているが、今年は例年になく喪中の方が多い。
庭の山茶花の花が盛りを過ぎて花びらが積もっている。
そこで駄句を一句
      「山茶花の もうせん敷き詰め 春を待つ」
季語がダブっている?